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赤坂ショールーム
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港区赤坂
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BLACK SWAN MOMENTS 11/13

SUPERSONIC FLIGHT

 

まさに魔法の飛行機でした。あれに搭乗する楽しさは、他には絶対にありえないでしょう」
 

(コンコルドについて)エール・フランスのチーフ・スチュワード、ジョエル・コルネ=タンプル

 

ジェット機の時代となり、世界は本当に狭くなったと人々は実感するようになりました。軍事から商用旅行にいたる、あらゆる分野で革命が起こったのです。しかし、超音速旅行の誕生が、世界を一変させる、歴史的な瞬間になるまでの経緯はご存じでしょうか?

音速の壁を破った最初の飛行機は、アメリカが軍事目的で開発した、ロケット・エンジン搭載の実験機ベルX-1でした。1947年、チャールズ・“チャック“・イェーガー大尉が操縦するX-1は、1,000 mph(時速約1,600キロ)を超える速度で飛行し、有人飛行機が歴史上で初めて音速の壁を突破しました。

「僕たちは超音速で飛行していたんだ。超音速の世界は、赤ん坊のお尻みたいに滑らかで、おばあちゃんがそこに腰掛けてレモネードを飲めるくらいだったよ」

初の超音速飛行についてのチャールズ・“チャック“・イェーガー将軍のコメント

 

最速の記録を樹立するために、超音速飛行機の開発は続けられました。現在の公式飛行速度記録は、ロッキードSR-71“ブラックバード”の2,193 mph(時速約3,530キロ)となっています。アメリカ軍が使用していたブラックバードは、他のどの飛行機よりも高く、速く飛ぶことができるため、敵の攻撃を避けるための理想的な飛行機でした。ブラックバードは34年間にわたって供用されましたが、戦いに敗れたことは1度もありませんでした。

 

「ロンドンを10時に発って、ニューヨークに10時に到着できるのです。2つの場所に同時にいる方法は、これ以外にありませんでした」

コンコルドの常客 デビッド・フロスト卿

 

超音速飛行機の大多数は軍事目的で使用されていましたが、音速より速い飛行機を商用マーケットに導入しようという試みもありました。それらすべてのなかでもっとも有名なのが、コンコルドでした。

1976年に運行を開始したコンコルドの最高速度は、マッハ2を超える1,334 mph(時速約2,134キロ)でした。コンコルドは、大西洋横断となる、ニューヨークとロンドン/パリの区間を通常の飛行機の半分以下の所要時間で定期運行していました。樹立された記録は、2時間52分59秒でした。コンコルドによって旅行時間が短縮されるようになった結果、アメリカへの旅行時間は丸半日ではなく、午後の数時間となり、ジェット機の導入によって狭くなった世界が、より以上に狭くなったのです。

コンコルドは工学上の一大成果であり、飛行機のアイコンではありましたが、問題がないわけではありませんでした。2000年の墜落事故の余波と維持費の増大により、コンコルドは事故からわずか3年後の2003年に27年間にわたる運行を終了しました。

しかし、それが超音速飛行の終焉というわけではありません。コンコルドは当時の技術による制約を受けていましたが、これまでの30年間で技術は大きな発展を遂げています。近代的な技術を持つ航空工学企業のなかには、2010年代の末までに超音速飛行機の運行を復活させたいと考えている企業もあります。

 

音速の壁を破るという、これまで不可能であると考えられていたことを成し遂げたのは、まさに最初の実験機でした。それに続くようにブラックバードやコンコルドのような画期的な飛行機が生まれ、航空工学の限界が押し広げられました。また商用の超音速飛行機も、技術の改善に大きく貢献しました。現在では、超音速飛行機での旅行だけではなく、商用宇宙旅行を巡る競争がヒートアップしていますが、1947年における最初の超音速飛行こそが、このような状況をもたらした、1つの革命的事件であったと再認識されるべきかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに魔法の飛行機でした。あれに搭乗する楽しさは、他には絶対にありえないでしょう」
 

(コンコルドについて)エール・フランスのチーフ・スチュワード、ジョエル・コルネ=タンプル

 

ジェット機の時代となり、世界は本当に狭くなったと人々は実感するようになりました。軍事から商用旅行にいたる、あらゆる分野で革命が起こったのです。しかし、超音速旅行の誕生が、世界を一変させる、歴史的な瞬間になるまでの経緯はご存じでしょうか?

音速の壁を破った最初の飛行機は、アメリカが軍事目的で開発した、ロケット・エンジン搭載の実験機ベルX-1でした。1947年、チャールズ・“チャック“・イェーガー大尉が操縦するX-1は、1,000 mph(時速約1,600キロ)を超える速度で飛行し、有人飛行機が歴史上で初めて音速の壁を突破しました。

「僕たちは超音速で飛行していたんだ。超音速の世界は、赤ん坊のお尻みたいに滑らかで、おばあちゃんがそこに腰掛けてレモネードを飲めるくらいだったよ」

初の超音速飛行についてのチャールズ・“チャック“・イェーガー将軍のコメント

 

最速の記録を樹立するために、超音速飛行機の開発は続けられました。現在の公式飛行速度記録は、ロッキードSR-71“ブラックバード”の2,193 mph(時速約3,530キロ)となっています。アメリカ軍が使用していたブラックバードは、他のどの飛行機よりも高く、速く飛ぶことができるため、敵の攻撃を避けるための理想的な飛行機でした。ブラックバードは34年間にわたって供用されましたが、戦いに敗れたことは1度もありませんでした。

 

「ロンドンを10時に発って、ニューヨークに10時に到着できるのです。2つの場所に同時にいる方法は、これ以外にありませんでした」

コンコルドの常客 デビッド・フロスト卿

 

超音速飛行機の大多数は軍事目的で使用されていましたが、音速より速い飛行機を商用マーケットに導入しようという試みもありました。それらすべてのなかでもっとも有名なのが、コンコルドでした。

1976年に運行を開始したコンコルドの最高速度は、マッハ2を超える1,334 mph(時速約2,134キロ)でした。コンコルドは、大西洋横断となる、ニューヨークとロンドン/パリの区間を通常の飛行機の半分以下の所要時間で定期運行していました。樹立された記録は、2時間52分59秒でした。コンコルドによって旅行時間が短縮されるようになった結果、アメリカへの旅行時間は丸半日ではなく、午後の数時間となり、ジェット機の導入によって狭くなった世界が、より以上に狭くなったのです。

コンコルドは工学上の一大成果であり、飛行機のアイコンではありましたが、問題がないわけではありませんでした。2000年の墜落事故の余波と維持費の増大により、コンコルドは事故からわずか3年後の2003年に27年間にわたる運行を終了しました。

しかし、それが超音速飛行の終焉というわけではありません。コンコルドは当時の技術による制約を受けていましたが、これまでの30年間で技術は大きな発展を遂げています。近代的な技術を持つ航空工学企業のなかには、2010年代の末までに超音速飛行機の運行を復活させたいと考えている企業もあります。

 

音速の壁を破るという、これまで不可能であると考えられていたことを成し遂げたのは、まさに最初の実験機でした。それに続くようにブラックバードやコンコルドのような画期的な飛行機が生まれ、航空工学の限界が押し広げられました。また商用の超音速飛行機も、技術の改善に大きく貢献しました。現在では、超音速飛行機での旅行だけではなく、商用宇宙旅行を巡る競争がヒートアップしていますが、1947年における最初の超音速飛行こそが、このような状況をもたらした、1つの革命的事件であったと再認識されるべきかもしれません。